精神障がい者の能力を活かすマネジメントの秘訣
「なるほど、そういうことか。当たり前のことをやるということなのだ」
先月、日本の人事部主催のHRカンファレンス2018(大阪)で特別講演「これからの管理職に必要な精神障がいのマネジメント・戦力化方法」を聞いて、感じたことだ。講師は、パーソルチャレンジ株式会社の佐藤謙介氏。人材サービスのパーソルホールディングスの特例子会社で、自社で障がい者雇用を行うだけでなく企業・団体への障がい者採用と雇用安定のコンサルティングなどを行なっている会社だ。いわば障がい者採用・雇用を専門とする会社である。
なので、講演タイトルにあるように精神障がい者の人材活用の特別な秘策があるのかと思って参加した。今年障がい者雇用率が改定され(2.2%)、同時に精神障がい者もその雇用対象とされた。このため、精神障がい者の採用と安定的な雇用=人材活用に多くの企業の関心が集まっている。
理想的な上司の部下へのアプローチ
講演ではまず「障がいある社員が活躍するためのマネジメント」として、パフォーマンスが上がらないスタッフへのアプローチとして「一般的な上司」と「理想的な上司」を対比して紹介し、精神障がい者の適切なマネジメントは可能だということを示した。
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一般的な上司
・もう一度やり方を教える
・できる人と入れ替える
・もっと簡単な仕事に変更する
・部下ができない分は自分で受け持つ
・諦める、叱る
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理想的な上司
・スタッフの得手不得手を分析する
・得意な業務に変更する
・数値で分析し、業務プロセスを改善する
・口頭指示ではなくマニュアルを作る
・相手の理解度に合わせて段階的に教育する
さあ、比べてみていかがだろうか? あなたはどっちにちかい?
上記は、「精神障がい者」へのアプローチではないことにご留意いただきたい。
仕事の属人化から、分業化への転換がカギ
オフィスのダイバシティマネージメント(多様な人々の能力を活かす経営)のキィは「属人化から分業化への転換」だという。オフィスの仕事は、放っておくとどんどん属人化する。その人しか知らない仕事の仕方、進め方やネットワークなどがオフィスにはいっぱいある。私自身も経験があるが、“自分がやらなきゃ”とか“人に頼むより自分でやった方が早い”とどんどん仕事を抱え込んだり、複雑化させたりしていないだろうか。自分以外の人からは、どんな仕事をどこまでやっているのか見えないので、サポートできないばかりか到達状況もわからない。ある日突然破綻する、といったことも。(もちろん成功することの方が多いのだろうけど)
これでは組織としての仕事にならないし、働き方改革や生産性向上には繋がらない。それどころかリスク管理もできなくなってしまう。
やっぱり、仕事の「見える化」が必要だ
佐藤氏は、属人化をさせないためには「見える化」をすることが大事だと説く。業務指導のあり方も、一方通行的な「教える」から転換が必要だ。業務マニュアルやチェックシートといった業務内容の見える化を行い、それに基づいて教え、自ら学ぶという「ドキュメント&教える+自分で学べる」仕組みが必要だ。こうすれば知識は業務マニュアル・チェックシートに集約され、業務ノウハウは会社に残っていく。見える化は、まずメモを書くことから始めると良いそうだ。作業の指示もできるだけメモを書いて説明する、会議の議事録も板書したものを写真に撮ると行ったところから始める。それらを手順書、マニュアルに整理していけばよい。
ん? 待てよ。この仕組みをつくるのって、何も精神障がい者に対するマネジメントとして特別なことでもなんでもないではないか?
そうなのだ。仕事・職務の分析し基準書やマニュアルに整理し、それに基づく役割分担をしていく、仕事も状況も見える化することは、職場の効率、生産性を上げる特効薬になるといっても過言ではない。
精神障がいの特徴
一方、精神障がい者の特徴を理解した上でのマネジメントも重要だ。いちばんの特徴は「不安」が大きいということなのだそうだ。自分でコントロールできそうにないこと不安はストレスにつながり「メンタルダウン」を引き起こすことがある。不安が大きくなりストレスがたまり、体調不良、パニック、睡眠障害、うつ、業務ミスなどの症状を引き起こしてしまう。
主な症状
○身体症状:眠れない、疲れる、食欲がない、発熱・腹痛やめまい
○行動症状:遅刻・早退・欠勤が増える、ケアレスミスが多くなる、判断を間違う、集中色が低下するなど
○感情や思考に現れる症状:気が滅入る、やる気がない、イライラ、他責傾向(他人や病気のせいにする)など
障がい者の仕事上の特徴例
○障がいによりできないことがある(例:電話応対、接客など)
○口頭の指示だけだと理解することができない
○一度にたくさんの仕事を支持すると頭が混乱する
○ルール化・マニュアル化されていないことはできない
○月に数回遅刻、早退、欠勤が発生する
○わからないことがあっても質問しないで、そのまま進めてしまう
精神障がいの特徴を理解したマネジメントを
こうした精神障がいの特徴を理解した上でマネジメントすることが重要だと、佐藤氏は指摘する。個々の症状をケアするのではなく精神障がいの特徴を理解し、会社・組織としてマネジメントする体制、仕組み・予防策の構築が大切なのだ。
そうするとオフィス内にある「不安の素」を取り除いていくことが必要だ。その不安とは以下のようなものが挙げられる。
<仕事に関する不安>
・仕事の優先順位がわからない。
・誰の指示を聞けば良いのかわからない。
・指示が曖昧で「具体的な」作業内容がわからない
・作業手順がわかっていない
・自分の仕事の成果物が不確か
・仕事の期限が不明確、納期に間に合うかどうかわからない
<自分自身に関する不安>
・自分の役割やポジションに対する不安
・自分の作業能力に対する不安
・自分の評価、将来についての不安
メンタルの状態を見える化する
精神障がい者の健康、作業能力、ヒューマンスキルについてそれぞれ5段階のレベルに区分し、状態を観察しながら、今どのレベルにあるのかを判断する。その上で、そのレベルにあった仕事の与え方、指示の仕方を変えているという。
精神障がい者の能力が発揮でき、働きやすい職場に
こうした「オフィスの作業の見える化」「障がい者の状況の見える化」によって、精神障がい者にたいする適切なマネジメントを行うことによって、不安を取り除き(やわらげ)、その能力を発揮できるようにしているという。
障がい者の雇用は法律の義務付けにより積極的な採用が必要だが、その定着と能力発揮のための仕組みづくり、生きたマネジメントが欠かせない。まずは、現状のオフィスの中の仕事を見直して、「見える化」するところからはじめてみましょう。これはきっと、業務の無駄の発見にもつながり、障がい者に限らず働きやすい職場づくりの第1歩になるはずだ。