障がい者雇用は誰のための施策か?
「評価制度は運用されているんですか?」
「はい。基本的には親会社と同じ制度です。能力評価と目標管理制度を運用しています」
工場見学の後の質疑応答の際のやりとりだ。
私はこのやりとりに驚いた。ここでは個人ごとの目標管理の人事制度が運用されているんだ!
「ここ」とはオムロングループの特例子会社「オムロン京都太陽株式会社」だ。オムロン電子などの部品製造をおこなう会社で、従業員約160名、うち障がい者が4分の3を占める。身体障がい社、知的障がい者、精神障がい者と健常者が一緒に働いている。
8月下旬、企業の人事担当者や行政職員、キャリアコンサルタントなどが加入する「京都微助っ人研究会」という実践的に学び合う会の夏の例会として、このオムロン京都太陽の家株式会社の見学が行われ、参加したので紹介したい。
オムロン太陽の歴史は障がい者自立支援の歴史
オムロン京都太陽社の歴史は、日本の障がい者自立支援、障がい者スポーツの歴史に繋がっている。
1964年の東京パラリンピックを成功させた功労者であり当時の選手団長を務めた中村裕(なかむら ゆたか)医師が障がい者の自立をめざして作ったのが社会福祉法人「太陽の家」(大分市)だ。中村は、当時障がい者の社会参加に否定的だった日本社会の状況に憂慮し、何ができるのかを思案していた。そんな時、留学先であるイギリスのストクマンデビル病院のグッドマン博士の言葉「失ったものを数えるんじゃない、残されたものを最大限活かせ!」に出会い、その後日本での活動の原点となった。障がい者の自立のためにスポーツを取り入れ、仕事を通じて社会参加することを念じ様々な困難があるなかで取り組んでいた。
オリンピックの翌年に太陽の家をスタートさせたが、会社の経営は厳しかった。障がい者の会社に仕事を依頼する企業がなかったからだ。中村の訴えに共鳴し協力を申し出たのは立石電気株式会社の創業者・立石一真(たていしかずま)だった。
立石が出した条件は共同出資による会社設立で、共同して障がい者自立のための会社を運営しようということだった。そうして1972年に設立されたのがオムロン太陽株式会社(大分市)であり、1985年にはオムロンの地元京都にもオムロン京都太陽の家株式会社(京都市)を設立した。オムロンは今でこそ大企業だが、当時はまだまだ中堅企業で、一大決心だったと言える。オムロン太陽の家は様々な工夫や両者の協力の下、初年度から黒字経営を続けているという。
先日、NHKで中村裕を主人公とした特別ドラマ「太陽を愛した人」が放映され、反響が広がった。9月1日に再放送されるということなので、中村の活動についてはそちらをご覧いただきたい。
NHKドラマ 「太陽を愛した人」 再放送→9月1日
オムロン太陽を支える2者のミッション
オムロン太陽社は、製品づくりや技術についてはオムロン株式会社が、障がい者の生活福祉面は太陽の家が、それぞれスタッフを配置して支えている。互いの企業理念を尊重し活かして、共同出資した合弁会社の事業を成立させている。事業が成立しているということは、障がい者にも給料が支払われ、障害者は税金も納めているということである。また、製品をきちんと作り世に送り出すということで顧客にも貢献している。こうして、障がい者の社会参加・自立、企業の社会貢献を両立させているのだ。
オムロン京都太陽株式会社 3つの使命
1、職能的重度障がい者の雇用機会を創出する
2、事業を通じて顧客満足と収益を確保する
3、障がい者雇用ノウハウを広く社会に提供する
オムロングループの理念
「社憲」〜会社の憲法
われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう
「私たちが大切にする価値観」
ソーシャルニーズの創造
絶えざるチャレンジ
人間性の尊重
社会福祉法人太陽の家の理念
理念
No Charity, but a Chance! (保護ではなく、機会を!)
人間としての尊厳が保たれる社会の実現
基本方針
障がい者に働く機会を提供します
自立生活ができるよう支援します
地域と国際社会に貢献します
社会のルールを遵守します
太陽の家の理念
2人の創業者の写真を掲げ、思いを今に伝える工場玄関
実際の取り組み
障がい者を甘やかせず、その人の能力を発揮できる環境や技術や制度を作り、健常者と同じく扱う。こうしたスタンスから、障がい者に対しても目標管理制度(個人ごとに仕事に対する目標を考えさせ設定して取り組み、期末にその達成状況を評価し、次の目標を考え設定していく制度)や給与に連動した能力評価を行なっている。また、グループ活動を推進し、業務改善を進めている。労働者から出される提案件数は、年数千件にも及ぶという。
オムロン京都太陽での取り組み
能力開発〜知識、能力開発ワークショップの実施など
業務改善〜治具改善、半自動機械の開発で手元化/スキルレス化/分業化
改善風土の醸成〜徹底した3S(整理/整頓/清掃)
生活健康支援〜個人別支援計画、支援員によるサポート
工場を見学して、この取り組みが徹底していることを痛感した。工場内の段差や通路幅、器具の配置など障がい者が働きやすいように設計・配置されている。作業の見える化も徹底され、電子部品の製造状況も一目でわかるように工夫されている。一つ一つの作業も、障がい者の状況に合わせてラインが組まれ、障害の状況に合わせた補助器具が設置されている。例えば、一つの製品の組み立てで右手が不自由な人は左側の部品を、左手の不自由な人は右側の部品を差し込み組み立てるようにラインがくまれている。また、たくさんの部品を扱う組み立てでは、知的障がいの方が手順を間違わないように、組み立てる順番に部品トレイのランプがつくようになっている。こうした工夫が随所に行われており、また3Sも徹底されていて、作業しやすい環境が維持されている。障がい者の方々も集中して作業に当たっておられたことに見学者の中から驚きの声も上がっていた。
オムロン京都太陽株式会社のホームページ
<バーチャル工場見学>もできる。
障がい者雇用についての考え方を改める時では?
私はこの見学を通して大いに反省させられた。企業で人事を担当していたとき、障害者雇用というと法定の雇用率をどうクリアするのかという観点でしか捉えていなかった。「流通・小売という我々の業界・業種では障がい者の働ける環境は少ない」と勝手に思い込んでいたのだ。オムロンでは、企業ミッションにもともと人間性の尊重を謳い、そのために障がい者自立をミッションとする合弁会社を設立しているではないか。
今、企業経営者は大企業も中小企業も発想を変えて、障がい者の「残された能力を最大限活かす」ための仕事の創造や工夫改善に取り組むべきではないだろうか。解決すべき課題もたくさんあるが、今一度考えてみてほしい。考えてみて、オムロン太陽のような会社・現場を見学してみてほしい。障がい者が働きやすく成果をあげられる職場は、誰もが成果を上げることができる職場なのだから。多様性を生かした企業経営(ダイバーシティマネジメント)に通じる命題だ。
中央省庁の雇用水増し問題に触れて
そうした民間企業の取り組み・努力を裏切るように中央省庁の障がい者雇用率水増し問題が発覚した。障がい者雇用実績と報告していたが、実際の障がい者は約半数だという。民間に範を示すべき中央省庁だが、文書改ざんやセクハラなど何かと不祥事や問題噴出しているだけに、もういい加減にしてほしいと言いたい。しかし、早急に障がい者を雇用し、数字を合わせることはして欲しくない。障がい者の社会参加のチャンスを広げるための各省庁のミッションをもう一度考え直し、制度づくりや意識改革を進め、きちんとした計画を作って臨んでほしいと思う。
中央省庁、障がい者雇用水増し(日経記事)